2025.1.3 23:48
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正月元旦はめでたいが、なぜこの日が1月1日なのだろうか?
まとめている人もたくさんいるようだが、自分なりに正月の暇つぶしとしてまとめて見た。こういう作業は本当に楽しい(^^)。
自分の中では、デザインは「ルールを作ること」とまとめられているのだが、そういう意味で区切りのない茫漠とした「時間」に対して、わかりやすいシステムのルールの獲得に人類が奮闘してきた暦の物語は、興味が尽きないところである。
太陰太陽暦。月の運行の12周(12カ月)を1年としたが、ポリスや地域によって始まりや月の名前はバラバラだった。アッティカ暦、デルポイ暦など。
古代ローマの暦法で、古代ギリシア暦を元にしている。
紀元前753(または745年)、初代ローマ王ロムルスが「ロルムス暦」を制定。その内容は、現在の3月にあたる月から始まり、29または31日からなる「10カ月」を数える。以降日付のない日を61日ほど続ける。農耕のための暦だったので、畑仕事のない月は数える必要がなくそれで問題なかった。春めいて来ると王が新年をまた宣言する。
ローマ暦ではいろいろと問題があるので、ある年、ユリウス・カエサルが太陽暦「ユリウス暦」を導入する。その実施した日を1月1日とした。太陽の運行上、1年が365.25日であることはわかっていたので、4年に一度の閏年で調整することとした。
後にキリストの誕生した年とされる年を、西暦紀元元年(紀元1年)としたが、そこから逆算するとユリウス暦の始まりは紀元前45年にあたる。
実際の天体上の1年は約365.24218944日なので、ユリウス暦でも誤差を生じる。そこで、西暦1538年にグレゴリウス13世がユリウス暦の修整版であるグレゴリオ暦を提案する。内容は閏年を4年に1回ではなく400年に97回として精度をさらに上げた。
そのときすでに天文的な日にちと、暦には誤差が10日も出ていたので、ニケーア公会議のあった西暦325年までさかのぼって1月1日を固定してカウントしなおした。
現在も使われている暦だが、いずれさらに小さな誤差を修正する日がくるはずである。
コンスタンティヌス帝は、ローマ皇帝としてキリスト教をはじめて公認した。教義の統一を図るためにニケーア公会議を開き、アリウス派(キリストは神に従属)とアタナシウス派(キリストは神と同格で精霊を含め三位一体を主張)の論争でアタナシウス派に軍配をあげた。
教義では復活祭(イースター)が最重要だった。復活とはキリストが磔刑の3日後に甦ったその日を指すが、その日は「春分の日の後のはじめの満月の日の次の日曜日」と決められている。よって春分の日がいつかが問題となる。(ということで、イースターはカレンダー上30日くらいの振れ幅で揺れる。)
春分の日は、昼と夜の長さが等しい天文的な日で、長い夜が徐々に短くなって等分になった日。秋分の日は、長い昼が短くって夜と等分になる日。
グレゴリオ暦では、3月21日か20日(ごくまれに19日)に当たるが、そのいずれであるかは基準を決めないと決まらない。そこで、ニケーア公会議のあった西暦325年の3月21日を春分の日と決めた。正確にいうとその年の春分日を3月21日と決め、そこから逆算してその年の1月1日を算出した。以降グレゴリ暦の算出方法に則り決めていく。
これを現在は世界中でほぼ標準的に採用している。
七曜の「曜」とは輝くものの意。空に輝く7つの惑星などを速度の早い順に並べると、月・水星・金星・太陽・火星・木星・土星となる。これを円形に配置して星形になぞっていくと日月火水木金土となる。これを一つの周期として用いた。それまでは8日毎などに市が立って生活のリズムとなっていたのを、七曜に対応する7つの日にじょじょに統一されていった。
始まりはシュメール人からで、バビロニア人に伝わりメソポタミアの文明として、広く世界に伝わった(シュメール発のものは文字をはじめ本当にたくさんのものがある)。たぶん7日くらいが、身体の周期との相性がよかったのだろう。
紀年法とは年の数え方で、ある年を基準にして何年かと数える。元日がいつであるかは問わない。元年は0でなく1年から始まる。よって紀元元年とは紀元1年のことで、紀元1年の前年は紀元前1年であり、紀元0年はない。
暦法はと暦(こよみ)を規定する方法で、1年は何日から始まってどのように分割してまとめるのか決める方法。
太陰暦
月の満ち欠けに応じて、新月(朔月)から満月(望月)を経て次の新月までを1カ月とする。1カ月は約29.53日であり、29か30日だがそれでも誤差が出る。また1年365日をきれいに割ることもできない。これらの端数をどう処理するかが、すべての問題の元。
太陰太陽暦
1カ月を29.53日、1年354.36705日(太陰年)とする。するとほぼ12で割り切れる。生じた誤差は、何年かに1回閏月を入れて調整する。通常太陰暦と呼んでいるのは、こちらの太陰太陽暦のこと。
太陽暦
上記のユリウス暦やグレゴリア暦であり、1年をできるだけ正確に決め、その中に月を割り振った。しかしそれによって月と月の満ち欠けは無関係になってしまったわけだが、なんだかひどく残念で悲しい気がする。