2025.1.28 11:08
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その頃は日本の経済もまだまだ順調だったので、日本のデザイン状況も大いに活気があった。今にして思えば少々浮ついていたようにも思える。
とくに日本製品は性能もデザインも世界的に評価が高かったので、とにかくカッコよくインパクトや刺激があることが求められていたし、デザイナーたちも誇りをもってそれに応えようとしていた。
そんななかで「わかりやすい」とか「使いやすい」といった面は、デザイナーとしてあまり触手が動かなかったようだった。日本デザインを代表するある会社と仕事をしたとき、「こちらの方が、こういうようにわかりやすい」と説明したら、鼻で笑われた(気がした)。そんな時代だった。
グラフィックデザインの世界もそれらに呼応して元気があった。ポスターや雑誌などのコマーシャリックな方面が花形で、一般の関心も高かく今振り返ってもアーティスティックといってもいい。まさに文化を作っていた。
だから、こちらでもわかりやすくとか、理解しやすい見やすい疲れないなどは、まぁ「つまらないこと」だった。もちろんそういう「まじめな」関心がなかったわけではないが、とにかく主流はこちらであった。
そんな中でCI(Corporate Identity)はグラフィックデザインに機能的な役割が与えられているやや特異な分野だった。会社や公的組織の「戦略」がデザインをベースに組み立てられていた。またシステマティックな視点も強調されていた。
総じていえば、プロダクト系もグラフィック系も、デザインがいわゆる「デザイン」らしい時代だった。普通の人たちが考える「デザイン」のイメージに近いかもしれない。
そして早い話、ユーザーインターフェースデザイン(コンピュータデザイン)は、プロダクト的にもグラフィック的にも、あまり主流ではなかったし、「なんでデザイナーがそんなことをやっているの?」的な視線がまだまだ強かった時代だったと思う。
1981年にIBM PC/AT、日本では1982年にNECが勢いにまかせてPC-9801を発表。これら16bit コンピュータによって、ホビイストだけのコンピュータから仕事で使えるマシンになっていった。呼び方もいつの間にか「マイコン」から「パソコン」に変わった。1984年にAppleからMacintoshが発表になった。それらに先立つ1980年にXeroxからStarというオフィスシステムが発表されているが、GUIの「カタチ」がじょじょに見えてきた。1990年にインターネットが一般に開放されすぐにWorldWideWebも登場する。インターネットの普及がすべてを飲み込んでいく。また1990年にはDOS/Vが発表されPC-98の時代が終わる。それから知らない人も多いかもしれないが、HyperCardという誰でもが使えるソフトウェア/情報メディアが登場している。
自分も、HyperCardのコンテンツ(Stackウェア)を市販品(※)も含めてたくさん作った。
1995年Windows95が発売になり、インターネットに拍車がかかるとともに混沌もはじまった。
コンピュータデザインでの私たちの仕事はそれなりの成果をあげていたが、デザイン一般からの取り組みはそれほど多くはなく、一つのデザインジャンルと呼べるかギリギリだったと思う。今もあまり変わらない部分もあるかも知れないが、今よりもさらに、ソフトウェアエンジニアを説得することがなかなか困難であった。こちらの意図を汲んでコーディングしてもらえない、というストレスがかなりあった。彼らにとってデザイナーは自分の仕事を面倒くさくする敵だったのかもしれない。
また一方、認知心理学からコンピュータデザインに関するアプローチもあった。
このことについてはまた機会をあらためたいと思うが、個人的にはそこに自分の求める答えはない気がした。一番の違和感はそれらの分析的な(anlytic)アプローチにある。自分はこの「問題」に対しては統合的(synthetic)アプローチをすべきと考えている。問題の答えは〈表現〉のなかにある、それが自分の結論である。
自分がコンピュータデザインを始めたそのメーカー内では、コンピュータ系のシステム製品のデザインなどをしつつ、コンピュータデザインに関する「啓蒙活動」、デザインガイド作り、デザインのためのツール開発などを行っていた。
その後メーカーを退社し、二つのデザイン会社の経営に携わったあと三つめの現在の2000年に会社をはじめた。またデザインワークの実践と並行して、1990年から美術大学などでこの分野に関するデザイン教育にかかわってきた。
次は自分の関わった「デザイン教育」の状況を見ていこう。