2026.4.24-fri、前から自分が主張にしている「第三言語革命」について、我が社 X desgn, Inc.(カイデザイン)で定期的に開催している、外部の人たちとの研究会Xラボで、プレゼンテーション+ディスカッションする。
話しの骨子は、前に紹介したとおりだが、その後の気づきや調べたことも含めて、2時間くらい話す。自分のデザインなどの経験といろいろな文献から得た知見などが渾然となっているわけだが、きちんとまとめようとすると、力不足を感じる。
ポイント
- 第一の言語相(話しことば)が、ホモ・サピエンスを動物から人へと変えた。
- 第二の言語相(文字、書きことば)が、〈自分〉という意識をもたらした。
- ここ100年の、チューリングからAIにわたる「コンピュータ技術」は、それらに次ぐ第三の言語の相/デジタル言語(数によることば)なのではないか。
- そうであるなら、動物から人へ、意識・自分の獲得、に匹敵するような、人自身に関する大きな変革が訪れるということなのだろうか。
- 今のこの時代を「あわい(間)の時代」と観る人もいる。
- たしかに、現代という時代はなんだかとても変な時代のような気もする。気候はやけに暑いし、一度は遠ざかったはずの戦争も日常になってしまった。人々を一致協力させた「虚構と約束」も今はむなしい。虚構は虚構であるからこそ機能をはたすが、もはや虚構と事実が混ざってしまって見分けがつかない。砂糖壺と塩の壺が同時に床に蒔かれてしまったようだ。
- いつだって人は、自分の生きているこの時代/この土地こそ特別なもの、と考えがちなものだが、この「変革の予感」もお決まりの思い過ごしなのだろうか。
- どの変革も、変革前に変革後を1ミリだって想像することは困難だった。だから、「今」未来に関して正確に言えることは何ひとつない。
- ただわからないながらも、訪れてほしい未来を思い描くことはできる。
- ハラリの「我々(私)は、何を望みたいのか?」という自問を繰り返そう。
- 重要なのは、その問いに「正解を見いだす」ことではない、一瞬一瞬我々が皆、自分自身にむかってそう問い続ける、ことなのだ。
概要:https://x-design.co.jp/blog/2026/05/17/x-lab%e3%80%8cdesignai-%e7%ac%ac2%e5%9b%9e%ef%bc%9a%e7%ac%ac%e4%b8%89%e8%a8%80%e8%aa%9e%e9%9d%a9%e5%91%bd%e3%80%8d/